28・11・8
捜査や刑事裁判にかかわる刑法と刑事訴訟法に関する重要な改正がありましたので,それについて解説します。
刑法27条の2以下の規定の新設とその特則ともいえる「薬物使用等の罪を犯した者に対する刑の一部執行猶予に関する法律」(以下「法律」という。)の制定により,「刑の一部執行猶予の制度」が生まれました。
いずれも,平成28年6月1日に施行されています。
「刑の一部執行猶予の制度」が新設される以前は,裁判所には,刑期の全部を実刑(刑務所内で処遇すること)にするか,刑期の全部を執行猶予にするかの選択しかありませんでした。
これに対し,「刑の一部執行猶予の制度」は,たとえば刑期を懲役2年とするが,そのうちたとえば1年6カ月を服役させ,残り6カ月についてはその執行を2年間猶予し,その猶予期間を無事経過すれば,その残り6カ月の期間の刑が軽減されるとするものです。
判決の主文も,「被告人を懲役2年に処する。その刑の一部である懲役6月の執行を2年間猶予し,その猶予の期間中被告人を保護観察に付する。」という形で言い渡されます。
執行猶予期間中,被告人を保護観察を付するか否かについては,刑法では裁量的であり,「法律」では必要的です。
従来,服役者の社会内処遇による再犯防止は,地方更生保護委員会の判断による仮釈放(刑期の途中で仮に出所させる)とその期間内の保護観察でまかなわれていました。
しかし,「仮釈放」の場合の保護観察期間が「残刑期」の範囲内でしか付すことができないなどの難点がありました。そこで,一部執行猶予の制度により,刑期の一部に執行猶予を付し,その期間,保護観察に付することにより,社会内処遇による再犯防止をはかろうとしたのが,この制度を創設した趣旨です。ですから,刑法の一部執行猶予の実務においても,保護観察を付するのが原則的な形態になるものと思われます。
刑の一部執行猶予の制度は,あくまで実刑のバリエーションの一つと考えられますので,刑の一部執行猶予の判決の適用がなされるのは,「実刑相当事案」であることが前提と考えられます。
刑の一部執行猶予を言い渡す要件については,刑法27条の2により,3年以下の懲役又は禁固の言い渡しをする場合に限られていますし,その特則である「法律」の適用があるのは,法律2条2項に規定する「薬物使用等の罪」に限られています。
その他詳しい解説については,法学教室434号42頁以下を参照して下さい。また,立法担当者の解説として法曹時報68巻1号25頁以下があります。
厚労省元局長無罪事件を契機とした検察の在り方に関する議論を経て,捜査・公判における供述調書への過度の依存に対する反省から,刑事訴訟法の大きな改正がありました。
改正は,取調べの録音・録画制度,証拠収集等への協力及び訴追に関する合意制度並びに刑事免責制度の導入,裁量保釈の判断における考慮事情の明文化,弁護人の援助の充実化,証拠開示制度の拡充等,被害者等及び証人を保護するための措置の導入,証拠隠滅等の罪の法定刑の引上げ,自白事件の簡易迅速な処理のための措置の導入です。
言葉の通り,取調べを録音・録画する制度であり,「取調べの可視化」を目的とするものです。
しかし,録音・録画の対象事件とされたものは,
①死刑又は無期の懲役若しくは禁固に当たる罪に係る事件,
②短期1年以上の有期の懲役又は禁固に当たる罪であって故意の犯罪行為による被害者を死亡させたものに係る事件,
③司法警察員が送致又は送付した事件以外の事件(いわゆる検察官独自捜査事件)
に限られており,必ずしも十分なものとは言えません。
新設された合意制度は,特定犯罪(組織犯罪や薬物犯罪などで,刑事訴訟法350条の2の2項に規定されている犯罪)につき,検察官と被疑者や被告人が,弁護人の同意のもと,他人の刑事事件の解明に資する供述や証拠物の提供などの協力を行い,検察官がそれ有利に考慮して不起訴や軽い罪名での起訴や一定の軽い求刑を行うなどを内容とする合意を行う制度です。これを「司法取引」の導入ととらえる見方をする人もいます。
このような合意は,自己の刑事責任を軽くするために,他人を巻き込むような虚偽供述を生むおそれが高いため,弁護人の同意を要件とし,虚偽供述等を犯罪として重く罰するなどの規定を置いてそれに対処することとしています。
保釈には,例外事由がない限り,保釈を許可することを原則とする「権利保釈」と裁判官の裁量によって保釈する「裁量保釈」とがあります。
このうち,今回の改正では,後者の「裁量保釈」の要件を条文上明確にしました。すなわち「裁判所は,保釈された場合に被告人が逃亡し又は罪証を隠滅するおそれの程度のほか,身体の拘束の継続により被告人が受ける健康上,経済上,社会生活上又は防御の準備上の不利益の程度その他の事情を考慮し,適当と認めるときは,職権で保釈を許すことができる。」との規定に改正されました。
改正前の規定は,「裁判所は,適当と認めるときは,職権で保釈を許すことができる。」となっていたことを思えば,要件を具体的に規定したという意味で,その差は歴然としています。
従来から,公判段階では国選弁護制度があり,起訴前の被疑者段階においても,重大な事件については,国選弁護制度が創設されていましたが,今回の改正では,勾留されたすべての被疑者に国選弁護制度が拡充されました。
また,弁護人選任に係る事項の教示の制度も拡充されています。
証拠の一覧表の交付制度が導入され,類型証拠開示の対象が拡大され,公判前整理手続きを請求する権利が当事者に付与されるなど,証拠開示制度の拡充がはかられています。
その他,証人不出頭罪等,証拠隠滅罪等の法的刑が引き上げられています。刑事裁判において,適切な証拠が提出され,適正な尋問が行われるための配慮によるものです。
また,即決裁判手続きの対象となりうる簡易な自白事件について,起訴後に公訴を取り消して,同一事件について再捜査をすることができる旨の改正をなし,簡易な自白事件の迅速な処理ができるようにしました。
さらに,「犯罪捜査のための通信傍受に関する法律」も改正され,通信傍受の対象犯罪を拡大し,手続き部分の改正もなされました。これによって組織的な犯罪を供述調書に過度に依存することなく解明する道を開いています。
これらの改正規定の施行時期は,規定によって異なっているので,六法全書などを参照して下さい。
以上。