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法改正のコーナー

相続法の改正について

相続法の改正について

30・8・18

1 はじめに

平成30年7月6日に,民法及び家事事件手続法の一部を改正する法律(平成30年法律第72号)が成立し,同月13日に公布されました。

同時に,「法務局における遺言書の保管等に関する法律」も成立しています。

民法のなかでも,相続法の分野は,昭和55年以来,実質的に大きな見直しがなされていませんでしたが,高齢化が進み,相続開始時における被相続人の配偶者の年齢も相対的に高齢化しているため,配偶者の保護の必要性が高まりました。
また,遺言の利用を促進し,相続をめぐる紛争を防止するなどの観点から,自筆証書遺言の方式を緩和するなどの改正とともに,「法務局における遺言書の保管等に関する法律」を制定し,法務局で自筆証書遺言のデータを保管する制度も開設されました。

以下,それらについて,解説します。

2 配偶者の居住権の保護

(1)配偶者短期居住権

改正法は,配偶者の居住権として,①配偶者短期居住権と②配偶者居住権の二つの制度を設けました。

このうち,「配偶者短期居住権」とは,被相続人の配偶者(男女の平均余命の関係から考えると,多くの場合は妻と思われる。)が,被相続人である配偶者(同じ理由で,多くの場合は夫)に関する遺産分割につき,遺産の分割により居住建物の帰属が確定した日又は相続の開始の時から6か月を経過した日のいずれか遅い日までの間,当該居住建物に無償で居住することができる権利のことです(新法1037条)。

かつて判例(最判平成8年12月17日など)が,使用賃貸借契約が成立していたものと推認されるとして配偶者の居住権を保護していた部分を,さらに一歩進め,遺産分割の協議を終えるまでの間,被相続人である配偶者の暫定的な居住を権利として確保しようとする趣旨で設けられたものです。

(2)配偶者居住権

「配偶者短期居住権」が,遺産分割の協議を終えるまでの比較的短期間の配偶者居住権の保護の制度であるのに対し,「配偶者居住権」は,配偶者が希望した場合において,終身または一定期間の間,居住建物に住み続ける権利を設定するものです。

新民法1028条以下に規定が設けられました。
配偶者が居住する権利を取得する方法として,遺産分割で居住する土地建物の分割を受ける方法がありますが,その場合には,一般的に不動産の評価額が高額となるため,配偶者の法定相続分の関係で,その他の金融資産の遺産分割を受けられないことになり,結局,生活資金を確保するために遺産分割を受けた不動産を売却せざるを得なくなるケースがあります。そこで,例えば子に不動産を相続させるとともに,配偶者が配偶者居住権を取得するなど配偶者の居住権を保護しながら,柔軟な分割方法を可能とするため,配偶者居住権の制度を新たに設けました。
配偶者居住権が成立するためには,①遺産分割で配偶者居住権を取得するとされたか,②配偶者居住権が遺贈の目的とされたことが必要です(1028条)。
また,配偶者居住権は,審判による取得の方法もあります(1029条)。
さらに,配偶者居住権は,登記が可能であり,登記請求権も認められています(1031条)。
配偶者居住権の存続期間は,配偶者の終身の間とされていますが,遺産分割協議や遺言に別段の定めがあるときや,遺産分割の審判で別段の定めをしたときには,終身ではなく,定められた期間に限って存続します。
なお,配偶者居住権の財産的評価は困難であり,配偶者居住権を取得した相続人が遺産分割ないし特別受益としていくらを取得したことになるのかなどの評価額をめぐって争われることが予想されます。

3 遺産分割における配偶者の保護

新法は,遺産分割の場合においても,配偶者の保護を図ろうとしています。
すなわち,新法は,現行の民法903条に「婚姻期間が20年以上の夫婦の一方である被相続人が,他の一方に対し,その居住の用に供する建物又はその敷地について遺贈または贈与をしたときは,当該秘蔵族人は,その遺贈又は贈与について第1項を適用しない旨の意思表示を適用しない旨の意思表示をしたものと推定する」旨の規定を追加しました(新法903条4項)。

これは,「その居住の用に供する建物又はその敷地」という範囲ではありますが,特別受益の算定の段階において,いわゆる持ち戻しの規定(新法903条1項)を排除する,「持戻し免除の意思表示」があったものと推定することで,結果として,配偶者の具体的相続分を従前以上に拡大しているのです。

4 遺産分割前における預貯金債権の行使等

(1)遺産分割前の預貯金債権の従前の取扱い推移と大法廷決定

預貯金のような可分債権が遺産分割の対象になるかについては,従前から議論がありました
従前の判例は,相続財産中に可分債権があるときは,その債権は,相続開始と同時に当然に相続分に応じて分割され,各共同相続人は法定相続分に応じた分割単独債権を有することになり,預金債権も,可分債権として,当然に,分割されることになる旨明示していました(最判昭和29年4月8日等)。
そのため,従前の遺産分割の実務も,相続人全員の了解がないと,遺産分割の審判で預貯金をその対象にできないなどの問題が生じていました。
他方で,預貯金債権を遺産分割の対象に含めてしまうと,各自で遺産分割前に預貯金を単独で引き出して,葬儀費用等を支出するなどにも不便が生じかねない事態を招くことになります。
このような事態が課題となっていたなか,最高裁大法廷決定平成28年12月19日が出て,「共同相続された普通預金債権,通常貯金債権及び定期貯金債権は,いずれも,相続開始と同時に当然に相続分に応じて分割されることはなく,遺産分割の対象となるものと解するのが相当である。」旨判示し,預貯金債権が遺産分割の対象に含まれるとの判断を示しました。

しかし,この決定は,可分債権全般を対象として判断したものではなく,可分債権のうち,預貯金債権に関してのみ判示したものにすぎず,かつ,その決定の射程がどこまで及ぶのか,必ずしも判然としないものです。

(2)大法廷決定を踏まえた家事事件手続法と民法の改正

上記大法廷決定を踏まえ,分割途中で預貯金の引出しができなくなることからくる不都合を解決すべく,二つの規定を設けました。
一つは家事事件手続法の改正であり,家事事件手続法200条3項により,「家庭裁判所は,遺産の分割の審判又は調停の申立てがあった場合において,相続財産に属する債務の弁済,相続人の生活費の支弁その他の事情により遺産に属する預貯金債権を当該申立をした者又は相手方が行使する必要があると認めるときは,その申立てにより,遺産に属する特定の預貯金債権の全部又は一部をその者に仮に取得させることができる。ただし,他の共同相続人の利益を害するときは,この限りでない。」との,遺産分割の審判事件を本案とする保全処分の要件を緩和する方策を打ち出しました。
二つは,民法の改正によるものであり,家庭裁判所の判断を経ないで,預貯金の一部の払い戻しを認める規定(新法909条の2)を用意しました。
参考までに同条の規定は,「各共同相続人は,遺産に属する預貯金債権のうち相続開始の時の債権額の3分の1に第900条及び第901条の規定により算定した当該共同相続人の相続分を乗じた額(標準的な当面の必要生計費,平均的な葬式の費用の額その他の事情を勘案して預貯金債権の債務者ごとに法務省令で定める額を限度とする。)については,単独でその権利を行使することができる。この場合において,当該権利の行使をした預貯金債権については,当該相続人が遺産の一部を分割によりこれを取得したものとみなす。」となっています。
この二つの改正は,いずれも最高裁大法廷決定を前提とした,いわば「後始末」としての改正であるといって言いすぎではないと思います。

5 一部分割についての許容規定

新法は,従前は規定がなく明確ではなかった遺産の一部分割につき,原則として許容することにしました(907条1項,2項に「全部又は一部」との規定を入れてこの点を明らかにしています。)。

また,907条2項但書で,「ただし,遺産の一部を分割することにより他の共同相続人の利益を害するおそれがある場合におけるその一部の分割については,この限りではない。」との規定を置き,一部分割を原則として許容する方向を示しています。

6 遺産の分割前に遺産に属する財産が処分された場合の遺産の範囲

906条の2は,その1項で,共同相続人全員の同意により,分割前に処分された財産を遺産分割時に遺産として存在するものとみなすことができる旨の規定を置くとともに,2項で,自ら遺産分割前に遺産を処分した共同相続人の同意は不要としました。

共同相続人の一人が遺産分割前に遺産に属する財産を処分した場合に,処分をしなかった場合と比べて取得額が増えるといった不公平が生じないように,これを是正するための規定であり,処分した共同相続人の同意を不要とする2項に主眼があります。

7 自筆証書遺言の方式緩和,遺言の保管制度の創設

新法は,遺言制度の利用促進を図るべく,遺言制度の見直しを図っています。
まず,自筆証書遺言については,その要式性を緩和し,遺言に添付する財産目録については自署を要しない(ワープロ打ちで構わない)ものとしました。但し,目録の各頁ごとに署名押印することは必要です(新法968条2項)。
さらに,自筆証書遺言につき,法務局における遺言の保管制度を創設しました(法務局における遺言書の保管等に関する法律)。

8 遺贈の担保責任等

新法は,債権法改訂によって担保責任の法制に重大な変更があったことを踏まえ,遺贈の担保責任についても,「遺贈義務者は,遺贈の目的である物又は権利を,相続開始の時(その後に当該物又は権利について遺贈の目的として特定した場合にあっては,その特定した時)の状態で引き渡し,又は移転する義務を負う。ただし,遺言者がその遺言に別段の意思を表示したときは,その意思に従う。」旨の規定を置きました(新法998条)。
債権法改正と平仄を合せるための改正です。
さらに,債権法改正によって,錯誤の効果が無効ではなく,取消しとされたところから(改正民法95条参照),新法1025条但書に「錯誤」を加えました。

9 遺言執行者の権限明確化

遺言執行者の法的地位については,判例及び学説上の議論が分かれ,遺言者の意思と相続人の利益が対立する場合に,遺言執行者と相続人の間で,それが紛争の火種となり,ひいては遺言の執行を困難にさせる事態が生じていました。

そこで,新法は,遺言執行者の権限と地位と明確化を図りました。
すなわち,1012条1項に「遺言の内容を実現するため」との文言を入れ,「遺言執行者は,遺言の内容を実現するため,相続財産の管理その他遺言の執行に必要な一切の行為をする権利義務を有する。」とした上で,1015条の「遺言執行者は,相続人の代理人とみなす。」との規定を変更し,「遺言執行者がその権限内において遺言執行者であることを示してなした行為は,相続人に対し直接にその効力を生ずる。」との規定としました(新法1015条)。

10 遺留分制度に関する見直し

従前から,判例は,遺留分減殺請求が物権的な効果を生ずるものとしてきました。

新法は,この点を抜本的に改め,遺留分侵害請求の効果につき,「遺留分権利者及びその承継人は,受遺者又は受贈者に対し,遺留分侵害額に相当する金銭の支払いを請求することができる。」と規定を改め,完全に債権的なものにとどまることとしました(新法1046条)。

具体的には,遺留分を侵害された遺留分権利者(及びその承継人)は,侵害者である受遺者・受贈者に対し,侵害された遺留分額に相当する金銭の支払を請求することができる。このような遺留分侵害請求を受けた受遺者・受贈者は,所定の負担ルール(1042〜1047条)に従い,遺留分侵害額につき債務を負担する。そして,裁判所は,受遺者・受贈者の請求により,その債務負担の全部又は一部につき,相当の期限を許与することができるものとしました(新法1047条5項)。

遺留分に関する改正は,今回の改正中,最も大きな変更を受けたものと言えます。

11 相続の効力等に関する見直し

新法は,相続の効力につき,いくつかの改正を行っています。

(1)共同相続における権利の承継の対抗要件
ア 判例の立場と取引の安全を害する旨の指摘

判例は,遺贈による不動産の権利取得については,登記なくして第三者に対抗できないとしています(最判昭和39年7月19日)。

その一方では,相続分の指定がなされた場合の不動産取得については,登記なくしてその権利を第三者に対抗できるとしています(最判平成5年7月19日)。

さらに,「相続させる」旨の遺言がなされた場合に,これを遺産分割方法の指定に当たるとしたうえで,その遺言による不動産の権利取得についても,登記なくしてその権利を第三者に対抗できるとしています(最判平成14年6月10日)。

このように,相続分の指定や相続させる旨の遺言として遺産分割方法の指定に当たる場合などに,登記なくしてその権利を第三者に対抗できるとすると,遺言の内容を知り得ない第三者の取引の安全を害するおそれがあるとの指摘がなされていました。

イ 改正法

新法899条の2は,相続分を超える部分につき,登記,登録その他の対抗要件を備えなければ第三者に対抗することができない旨の規定を設けました。

これにより,判例において,対抗要件なく第三者に対抗できるとされていた上記相続分の指定や相続させる旨の遺言がなされた場合も,第三者との関係では,相続分を超える部分につき,対抗要件を備えることが必要となりました。

また,新法899条の2第2項は,承継した権利が債権である場合に,債務者に対する通知の方法として,法定相続分を超えて債権を承継した相続人が,遺言の内容を明らかにして債務者にその承継を通知したときには,共同相続人全員が通知をしたものとみなす旨の規定を設け,受益相続人の単独による通知の方法を定めました。この場合でも,第三者に対する対抗要件は,新法899条の2第1項の規定によりますので,確定日付ある証書等の債務者以外の第三者対抗要件を備える必要があります。

(2)遺言執行者がある場合における,相続財産の処分等

判例によると,遺言執行者がいる場合,相続人が無断で行った処分行為は絶対的に無効とするものがあり(大判昭和5年6月16日),最高裁もこれを踏襲しました(最判昭和62年4月23日)。その一方で,遺言執行者がいない場合には,対抗問題とされ(最判昭和39年3月6日),両者でバランスを欠いていました。

そのようななか,遺言執行者がある場合には,相続人は,相続財産の処分その他遺言の執行を妨げるべき行為をすることができないとする現行民法1013条の規定に加え,「前項の規定に違反していた行為は,無効とする。ただし,これをもって善意の第三者に対抗することができない」旨の規定を追加し(新法1013条2項),遺言執行者がいる場合でも,対抗問題として処理することにしました。

(3)相続分の指定がある場合の債権者の権利行使
ア 判例の立場

遺言で相続分の指定や包括遺贈がなされた場合に,民法902条や同990条の規定からすると,相続債務についても,積極財産と同じ割合で承継されるように読めなくはありません。

しかし,判例は,相続債務についての相続分の指定は,相続債権者の関与なしになされていることを理由に,相続債権者に効力が及ばないものと判断しています(最判平成21年3月24日)。

イ 改正法

 この判決の趣旨を生かし,新法902条の2は,「被相続人が相続開始の時において有していた債務の債権者は,前条の規定による相続分の指定がなされた場合であっても,各共同相続人に対し,第900条及び第901条の規定より算定した相続分に応じてその権利を行使できる。」と規定しました。

しかし,その但書で,「ただし,その債権者が共同相続人の一人に対してその指定された相続分に応じた債務の承継を承認したときは,この限りでない。」とし,債権者が共同相続人の一人に対して指定された相続分での債務の承継を了解した場合には,他の共同相続人との間でも同一の取扱いがなされることとしました。

12 特別寄与者(相続人以外の者の貢献を考慮するための制度)

被相続人に対して無償で療養看護その他の労務の提供をしたことにより,被相続人の財産の維持又は増加に特別の寄与をした場合に,相続開始後に,相続人に対し,寄与に応じた額の金銭を請求する制度です。

請求できる者は,被相続人に無償で療養看護その他の労務を提供し,被相続人の財産の維持又は増加に特別の寄与をした者で,被相続人の親族(ただし,相続人や一定の者を除きます。)に限られます。

相続人については寄与分の制度がありますし,相続人のあることが明らかでない場合には,特別縁故者の制度(民法958条の3)を使うことができます。契約書の取り交わされていたのなら,契約法的な救済も可能です。
しかし,そのどれもが救済手段にならないけれど,被相続人の療養看護に務め,特別な寄与をした親族の貢献をした場合に,一定の財産を取得させる制度を設けました。
特別寄与者の範囲は,親族とされ,内縁関係の者は含まれません。

以上。