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法改正のコーナー

民法(債権法)改正について

民法(債権法)改正について(2) 第3 意思表示

30・8・12

(2)で取り上げる範囲

第3 意思表示

第3 意思表示

1 心裡留保(民法第93条関係)
「93条  意思表示は,表意者がその真意ではないことを知ってしたときであっても,そのためにその効力を妨げられない。ただし,相手方が,その意思表示が表意者の真意ではないことを知り,又は知ることができたときは,その意思表示は,無効とする。
2  前項ただし書の規定による意思表示の無効は,善意の第三者に対抗することができない。 」
(解説)

民法93条但書の「相手方が表意者の真意を知り」を,改正法では,「相手方が,その意思表示が表意者の真意ではないことを知り」に改めた上で,民法93条の内容を維持しました。
また,心裡留保の規定によって,例外的に無効となる場合の第三者保護の問題につき,判例(最判昭和44年11月14日)が,民法94条2項を類推適用し,心裡留保による無効を,善意の第三者に対抗することができないと判断していたので,その趣旨を踏まえ,2項で明文化しています。

2 錯誤(民法第95条関係)
民法第95条の規律を次のように改めるものとする。

95条 意思表示は、次に掲げる錯誤に基づくものであって、その錯誤が法律行為の目的及び取引上の社会通念に照らして重要なものであるときは、取り消すことができる。
   1 意思表示に対応する意思を欠く錯誤
   2 表意者が法律行為の基礎とした事情についてのその認識が真実に反する錯誤

2 前項第2号の規定による意思表示の取消しは、その事情が法律行為の基礎とされていることが表示されていたときに限り、することができる。
3 錯誤が表意者の重大な過失によるものであった場合には、次に掲げる場合を除き、第1項の規定による意思表示の取消しをすることができない。
   1 相手方が表意者に錯誤があることを知り、又は重大な過失によって知らなかったとき。
   2 相手方が表意者と同一の錯誤に陥っていたとき。
4 第1項の規定による意思表示の取消しは、善意でかつ過失がない第三者に対抗することができない。

(解説)
1 錯誤とは

錯誤とは,売主が,1万ドルで商品を売るつもり(真実の意思)で,売買契約書にうっかりと,1万ポンドで売ると書いてしまった(表示行為)場合のように,表示行為から推測される意思(1万ポンドで売る)と表意者の真実の意思(1万ドルで売る)が食い違う場合で,そのことを表意者自身が知らない場合を言います。
錯誤には,動機の錯誤と表示行為の錯誤があり,表示行為の錯誤は,さらに,表示上の錯誤と表示行為の意味に関する錯誤(内容の錯誤)に別れます。
詳しくは,内田民法Ⅰの65〜66頁などの基本書を参照して下さい。

2 現行民法における錯誤について

改正前の民法は,①法律行為の要素に錯誤があること,②表意者に重大な過失がないことを要件として,その法律行為を無効としています(民法95条)。
ところで,「表示行為の錯誤」については,それに対応する効果意思がないので,文字どおり「意思の不存在」となります。
しかし,これと異なり,「動機の錯誤」については,表示行為に対応する効果意思はあります。ただ,その意思表示をする前提となる「動機」が存在しないだけなので,これを錯誤理論のなかで,どのように扱うかにつき,解釈に争いがありました。
この点につき,判例は,そのような「動機が相手方に表示されて法律行為の内容となる」場合には,要素の錯誤となって無効となる余地を認め,さらには,動機が「黙示的に表示」されている場合にも錯誤無効の余地を認めました(最高裁平成元年9月14日判決)。

3 改正法について

改正法は,先ほどの錯誤の区別に従い,表示行為の錯誤と事実錯誤(動機の錯誤に規定を分けて,それぞれの要件を定めるとともに,その両方に錯誤が成立する余地を認めました。
また,錯誤の効果については,旧法のような「無効」ではなく,「取消事由」としました。
錯誤による取消しの要件のうち,表示行為の錯誤の要件については,①意思表示に対応する意思を欠くこと,②その錯誤が法律行為の目的及び社会通念に照らして重要なものであることの二つとされています。
また,表意者に重大な過失があれば,錯誤取消しは認められませんが,そのような場合でも,表意者に錯誤があることを相手方が知り,又は知らなかったことに重大な過失がある場合には,錯誤による取消しが認められこととされています。
また,「共通錯誤」といって,相手方が表意者と同一の錯誤に陥っていた場合には,たとえ表意者に重大な過失があっても,同じ錯誤に陥っていた相手方を特に保護する理由がないので,錯誤取消しが認められることになります。
事実錯誤(動機の錯誤)の要件については,①表意者が法律行為の基礎とした事情についてのその認識が真実に反すること,②当該事情が法律行為の基礎とされていることが表示されていたこと,③その錯誤が法律行為の目的及び社会通念に照らして重要なものであることの三つです。
事実錯誤(動機の錯誤)についても,表示行為の錯誤と同じように,表意者に重大な過失があれば,錯誤取消しは認められませんが,錯誤があることを相手方が知り,又は知らなかったことに重大な過失がある場合には,再び錯誤による取消しが認められます。
また,共通錯誤,すなわち,相手方が表意者と同一の錯誤に陥っていた場合についても,表示行為の錯誤と同じく,再び錯誤取消しが認められることになります。
何が要素の錯誤になるかにつき,従来の判例は,①因果関係―その錯誤がなかったら,表意者は意思表示をしなかったであろうこと,②重要性―錯誤がなければ意思表示をしないであろうことが,通常人の基準からいっても,一般取引の通年に照らしてもっともであること,の二つの要件が必要であると判示しています。
改正法が「重要」という規範的な要素を文言に入れていることから考えても,従来の判例が述べている要素の錯誤の要件を,改正法は,より具体化させたものと考えられ,本改正により,改正案が,従来の判例の立場と異なる見解をとったものとは思われません。
また,事実錯誤(動機の錯誤)についても,判例と同様の立場を改正法はとったものと思われますが,「当該事情が法律行為の基礎とされていることが表示されていたこと」の条項の意味が,果たして,従来の判例が,動機の錯誤が無効となる要件(但し,要素の錯誤の要件は除く)として述べているところの,①法律行為の内容となる,②相手方に表示されている,と同じ意味なのかどうか,解釈が分かれる可能性を秘めています。これは,改正法の上記言い回しそのものが,妥協の産物であるところから来ているものと思われます(商事法務刊,講義債権法22頁注10)及び22〜23頁参照。)。
現行法においても,従前から,「表意者に重大な過失があっても,相手方にも悪意や重大な過失があった場合,あるいは相手方も共通の錯誤に陥っている場合には,錯誤無効を認めるべきだ。」とする意見が,学説において強くなっていました。
改正法は,そのような考え方を背景として,表意者に重大な過失があっても,相手方にも悪意や重大な過失があった場合,あるいは相手方も共通の錯誤に陥っている場合には,錯誤取消しを認めたのです。3項の1,2の条項はそのような意味です。
また,改正法は,錯誤の効力を無効ではなく,取消し事由にすると同時に,善意無過失の第三者を保護する規定も新設しました。民法96条3項は,詐欺による取消しにつき,善意の第三者に対抗できないと規定し,その解釈として善意無過失を要求する学説が有力ですが,その例にならい,第三者に善意無過失を要求しているのです。
錯誤による取消しと第三者の関係については,民法96条の詐欺取消しに関する従来からの学説・判例と同様に解釈が分かれることになると思われます。